2005年06月29日

クライン・ボトルと大野 貢

大野がはじめてクライン・ボトルという名前を聞いたのは、渡米する一年前、東京大学の正門前のお寿司屋さんでのことでした。
ここで、大野はプリンストン大学社会学科のレヴィー博士と出会いました。レヴィー博士は大野が腕の立つガラス吹きであることを知り、クライン・ボトルについて簡単に説明して、大野がこのボトルを作れるかどうかたずねました。レヴィー博士によると、クライン・ボトルを作るのは非常に難しく、当時アメリカでは3人しかこれを作ることができない、ということでした。

興味を持った大野は、数学教室でクラインボトルについての詳しい説明を聞き、難なく試作品を完成させてレヴィー博士を驚かせました。

このとき作ったクラインボトルには、後に完成させたボトルにあるような穴は開いていませんでした。
posted by 大野ガラス工芸研究所 at 07:59| 大野クラインボトル | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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