2005年06月30日

大野・クライン・ボトル

渡米してすぐの昭和36年(1961年)、大野のボスであるカードウェル教授がクライン・ボトルの図案を持ってきました。数学教室からの注文であり、大野に図面どおりのクライン・ボトルを作ってほしいといいます。図面にはボトルの上方に穴があいていました。以前、レヴィ教授に刺激されて完成させたクライン・ボトルには穴は開けられませんでした。ガラスで形を作るためには、ガラスを熱して溶かし、吹いて伸ばすことが必要であるため、ボトル上方に穴をあけてしまってはうまく形が作れないのです。

何日も何日も悩んだ挙句、大野はクライン・ボトルを完成させる夢をみました。

見た夢の内容を、はじめから思い出してみた。どう考えても無理なところのない完璧な制作方法である。
枕元の時計を見ると、朝の四時。
がばっと飛び起きて、かたわらでまだすやすやと眠っている妻を起こして、
「クライン・ボトルを作る方法が見つかった。仕事に行くぞ」
といって大学に向かった。

                 
講談社 “カンザスの日本人” より抜粋



夢で見たとおりの手順で、大野は完璧なクライン・ボトルを世界ではじめて完成させました。完成したボトルは大野・クライン・ボトルとして世界中に知られています。

クラインボトルの作り方は、1974年9月発行(No.42)の現代化学掲載「ガラスの芸術に魅
せられて」と題した記事に詳しく書かれています。

大野・クライン・ボトルはスミソニアン国立博物館、カンザス州立大学、皇居に所蔵されています。
posted by 大野ガラス工芸研究所 at 01:06| 大野クラインボトル | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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